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2016年5月 1日 (日)

無敵Googleが恐れるボット・プラットフォーム

  

  ネットの世界では、「会話型ボットをつかったメッセンジャー・アプリ」が話題になっている。これが、ネットの次世代のプラットフォームになるだろうと予測されているのだ。

  ・・・といっても、一般的には、「それが何なの?」的な反応しかないと思う。「だいたいボットとかメッセンジャー・アプリって何なの?」という読者は、文末に簡単な説明をいれておきましたのでご覧になってください(ちなみに、LINEは2億人が利用しているメッセンジャー・アプリです)。

  ネット上で、プラットフォームが変わるということは、たとえば、マイクロソフトがネットの世界における王座をGoogleやAppleに奪われたように、GoogleやAppleが他の新興企業にいまの地位から引きずりおろされる可能性を意味している。

  浮き沈みの激しいテックの世界の人達にとっては、とっても重要なことなのだ。

  会話型ボットはデジタル秘書とかデジタル執事といったほうがわかりやすいかもしれない。でも、映画やマンガに登場するデジタル執事を想像したら、実際の会話型ボットにはかっがりするだろう。Facebook のザッカーバーグCEOが、「映画『アイアンマン』に登場するデジタル執事ジャーヴィスのようなAI(人工知能)を、自分用に構築したい」と、今年の新年の抱負として書いていたように、現実はフィクションにはまだ追いついていない。

  ジャーヴィスのように音声で問いかければ音声でなんでも正確に答えてくれるようなAIボット(人工知能ロボット)はいまだ存在しない。AppleのiPhoneやiPadなどに搭載されているSiriはデジタル秘書だといわれ、そのAIは使えば使うほど進化していくとされる。が、ジャーヴィスのようにどんな難問にでも正確に答えることができるわけではない。そのかわり、面白い会話ができるような性格づけを最初にしておくことで、能力のなさをごまかしているところがある。

  たとえば、Siriに「0÷0は?」と質問したら、「0個のクッキーを友達0人で分けるとします。一人当たり何個になりますか? ほら、無意味な質問であることがわかりますよね。 それに、友達がいないとさびしいですよ」というような答が返ってきた・・・と、世界中で話題になった。

  このように、デジタル秘書とか執事は、まだ、話のネタのレベルだ。

  いま、ネットの世界で話題になっている「会話型ボット」は、音声ではなく、文字をつかう。LINEのようなメッセンジャーアプリで知人と短いメッセージのやりとりをするように、ボットとテキストベースのメッセージを交換することを「会話型」といっているのだ。

  そのぐらいのレベルで、なにがそんなに注目されているのか? 

  どうやら、注目されているのは、「会話型ボット」と「メッセンジャー・アプリ」の組み合わせであり、この結合が、10年に1度の大きな変換(パラダイム・シフト)を意味するというのだ。なんの変換かというと、コンピュータとユーザーとの接点にあたるインタフェースの大きな変換だ。

  コンピュータのユーザー・インタフェースの歴史においては、10年ごとにパラダイム・シフトがおきている。デスクトップPCの時代には、90年代半ばまでは、マイクロソフトWindowsが標準OS(基本ソフト)となり90%以上の市場シェアを誇った。が、2000年代半ばにモバイル端末が急速に普及し、モバイル端末のOS市場はAppleのiOSとGoogle のAndroidの寡占状態となる。そして、アプリの時代へと突入。だが、ゲーム好きな日本や韓国を除いて、アプリの黄金時代は2010年に終わったといわれる。

  スマホ用アプリはあまりに数がふえすぎて、実際にダウンロードされるアプリ数は減る傾向にある。AppleのiOS用アプリは150万個、GoogleのAndroid用には160万個のアプリが発売されている。だが、米国では、実際に使っているアプリはわずか3個だ(2015年調査)。

  日本はAndroidのアプリ収益が世界一であるようにアプリ大国。だが、ダウンロードされるアプリは圧倒的にゲームアプリ。日本のユーザーがスマホゲームに費やす時間は米国の4倍で、アプリストアにおける収益のうち90%がゲームアプリとなっている。月に10回以上利用するアプリは9個と、米国より多くなってはいるが、利用するアプリの種類をみると、ゲームを含めたエンターテイメント系の割合が一番高い(ニールセン2014年調査)。

  ゲーム以外のコミュニケーションやサーチ、ソーシャルメディア系アプリに関しては、日本でも利用するアプリの数は減る傾向にある。多くのスマホユーザーは自分の気に入ったアプリを使うだけで終わっているようだ。そして・・・

  1. 複数のプラットフォーム(たとえば、iOs, Andoroid, Windows)で動くアプリを開発して維持するコストに比べると、テキストベースの会話型ボットにかかるコストは低い。また、ボットを作るのは比較的簡単だし開発スピードも速い。
  2. メッセンジャーアプリが世界的に普及している。たとえば、日本では圧倒的にLINEだが、中国ではWeChat(アクティブユーザー数6億5000万人), 西欧ではWhatsApp(9億人)。だから、一般ユーザーはテキストベースの短いコミュニケーションのやりとりに慣れている。

  ・・・ということで、2016年からは、メッセンジャーアプリ内でボットをつかったテキストベースのインタフェースが中核となり、これが次世代プラットフォームとなると予測されている。

  つまり、お気に入りのメッセンジャーアプリ一個だけをダウンロードする。そうすれば、たとえば、母の日に花を贈りたいとして、わざわざ、Google検索して通販サイトにアクセスしたり、あるいは、花の通販会社のアプリをダウンロードしたりする必要はない。いつも使うメッセンジャーアプリ内の花の通販会社のボットと直接やりとりをすればよい・・・と、FacebookのザッカーバーグCEOは4月12日に発表している。

  Facebookは、4月12日に、世界で8億人が利用している自社のメッセンジャーアプリのオープン・プラットフォーム化を発表した。Facebook MessengerのなかでAIを採用したボットと呼ばれるソフトを簡単に作れる仕組みを、無償で提供することにしたわけだ。すでに、通販会社や旅行予約など30社以上が契約を結んでいるという。

  花の通販サイトの場合、ボットを呼び出すと「花を注文しますか?それとも、顧客サポートと話しますか?」と文章で問いかけてくる。「注文する」を選択すると、花の種類、配達先情報、支払情報を順番に聞いてくるので、テキストベースのやりとりをして、注文完了となる。

  Google検索してサイトにアクセスしたり、いくつかのアプリをダウンロードするのではなく、ひとつのメッセンジャーアプリだけをつかい、そのなかで、ボットと会話するだけで、すべてのタスク(検索から選択、注文、決済サービスを提供している場合は支払まで)をこなしてもらう。

  メッセンジャー・アプリ上で様々なサービスを利用できる仕組みで先端を走っているのは日本のLINEとか中国のWeChatといったアジア勢だ。2016年1月時点で6億5000万人のアクティブユーザーをもつWeChatでは、100万件以上の企業がアカウントを開設していている。タクシーやレストランを予約、ネット通販で購買、出前の注文、請求書支払、すべてを、WeChatアプリから離れることなくできる。

  ただし、アジア勢の企業アカウントすべてがAIを搭載したチャットボットを採用しているわけではない。タクシーやレストラン予約といったような会話内容がきまっていて、シナリオを描きやすいものであれば、AIを採用する必要はない。WeChatにしてもLINEにしても、アプリ内に埋め込まれた各企業のウェブサイトが、会話形式に見える形で、あるいは、選択肢ボタンをタップする形で、ユーザーとやりとりしているだけ・・という例が多い。WeChatでは、むつかしい話になったら人間とリアルタイムに会話できるようなシステムも採用されいてる。

  重要なことは、他のアプリや他のウェブサイトに移行する必要がないということ、そして、日常の会話に近い自然な形でコミュニケーションできるということだ。

  アジア勢のメッセンジャーアプリにみられるようにチャットボットは新しいものというわけではない。が、FacebookのAI技術とユーザー規模とを考えると、インタフェースを変える点での影響力が大きい。ユーザーのコンテンツへの欲求は拡大する一方で、モバイル端末のスクリーンは狭い・・・となれば、チャットボットは最適。単語を入力して検索するより、よほど便利。しかも、ボットはアプリと違って、個人データにもとづいてパーソナライズされたコンテンツやサービスを提供することができる。

  FacebookやMicrosoftがメッセンジャーアプリのプラットフォーム化を進めているのは、これまで、スマホ向け基本ソフトを牛耳ってきた、そしてその結果、スマホのアプリ市場を牛耳ってきたGoogle(Andoroid)やアップル(iOS)に対抗するためだ

   検索をする場合、探している答(リンク)が1ページに10件くらい出てくる。だが、実際の生活のなかで誰かに何かを尋ねた場合・・・たとえば、「近くにドラッグストアがある?」と尋ねた場合、相手が「クスリを買いたいの? それとも、他のもの?」と逆質問をしてくる。それに返事をすることによって、相手はドラッグストアではなくて、近くにあるコンビニの場所を教えてくれるかもしれない。自分が探したいものを明確にさせるためのやりとりをボットとする。多くのユーザーが慣れているテキストメッセージの形式で、ボットと会話をするのは、実生活で人間同士がやりとりをしているのに近い。

  企業はボット時代を歓迎するはずだ。なぜなら、消費者や客に到達するためにウェブサイト、SNSページやアプリを構築し維持するのは経費も時間もかかる。

   AIを採用したボットが増殖すれば、Gooleで検索する人は少なくなるかもしれない。また、アプリの必要性も減るかもしれない。そして、そういったアプリを販売するアプリストアの重要性もなくなるかもしれない。多くのウェブサイトも時代遅れの無用なものになるかもしれない。サイトなどなくしてしまい、ボットに情報を与え、メッセージアプリから提供すればよいのだ。

  Googleもメッセージサービスを提供してはいるが、いまのところ、ユーザー獲得には成功していない。2014年に世界で9億人のアクティブユーザをかかえるWhatsAppを買収しようとしたが、Facebookに先を越され100億ドルで買収されてしまった。それで、いまは、自前で、AIと機械学習の技術を利用した優秀なAIボットの開発をすすめ、そのボットが活躍するメッセージサービスを提供する予定だと報道されている。

  検索の王様の座を、優れたAIボットを開発しなければ守り抜くことができないことを、Googleも自覚しているのだ。

  FacebookやマイクロソフトなどがAI化を進めているといっても、まだ、試行錯誤の段階だ。たとえば、マイクロソフトが3月にTwitterで公開したAIボットTayは差別的発言を連発するようになり、わずか一日で、「話し疲れたので眠ります」とツイートして休止となった。

  Tayは一般ユーザーとの会話を繰り返すことで学習し、成長していく仕組みになっていた。が、悪意あるユーザーたちが協力しあって差別的で不快なメッセージを繰り返し送り、こういった反社会的意見を学習させ、その結果、Tay自らが人種差別、性差別、暴力的な発言するようになったのではないかと推察されている。マイクロソフトは、Tayの弱点を狙う悪意ある攻撃を想定していなかったと認めている。

  日本で一番人気のメッセンジャーアプリのLINEは、今年3月に、モバイル通信サービスに参入することを発表。月額500円からの格安スマホを販売することと、LINEによるチャットや電話は使い放題の無料にすると発表した。会社側は日本のスマホ普及率は50%に満たないが、それは、月額料金の高さやデータ通信料の上限などに原因がある。そういった顧客の不満を解消しスマホの普及につながるような新サービスを始めたと言っている。

  だが、本音は、「安いスマホを購入して、LINEサービスだけを使ってください。それですべてが完了しますよ」・・と、ユーザーに訴えているのだ。「Line Mobile をつかってくれれば、あらゆるサービスの利用ができ、ショッピング、予約、検索、すべてが完了しますよ」とアピールしているのだ

  ネット体験はLINEをとおしてだけ・・・というユーザーがふえてもおかしくない。

  メッセンジャーアプリがモバイル端末のOSになる日がくるかどうかは、会話型ボットが従来のアプリより優れたユーザー体験を提供して、一般的ユーザーに受け入れられるかどうかにかかっている。そして、会話型ボットとメッセンジャーアプリの合体は、簡単・便利を重要視するいまのユーザーに気に入られるのではなかろうか・・・・。

  かつての王者マイクロソフトのように、Googleが「かつての王者」になることは、おおいにありえる。2001年、EUの政策執行機関である欧州委員会はマイクロソフトに「OSの支配的立場を違法に乱用している」と指摘する異議告知書を送った。そして、2016年4月、「ネット検索で圧倒的に優位な立場を利用した独占禁止法違反の疑いがある」と同じような異議告知書をGoogleに送っている。独占法をめぐる法的争いには年月がかかる。最終判断が出る前に(マイクロソフトの場合は10年かかっている)、モバイル端末のプラットフォームがアプリに代わってしまっているかもしれない。そして、Googleの支配的地位は新興勢力にとってかわられているかもしれないのだ。

  テックの世界の変化のスピードには、政治も法律もついていけない。

*ボット(bot)=「ロボット」の略称。もともと人間がコンピュータを操作して行っていたような処理を、人間に代わって自動的に実行するプログラムのこと。 検索エンジンなどが導入している、Webページを自動的に収集する「クローラ」もボットの一種(IT用語辞典から編集引用)

*メッセンジャー・アプリ=対話アプリともいう。主にスマートフォン向けのアプリケーション・ソフトウェアのうち、テキストメッセージのやり取りや無料IP電話などによるメッセージの交換機能を提供するアプリの総称(IT用語辞典から編集引用)

参考文献: 1.対話アプリが主戦場、日経新聞 4/14/16、2. Learning from Tay's Introduction, Official Microsoft Blog 5/25/16, 3. Microsoft's racist robot and the problem with AI development, Daily Dot Tech 5/25/16, 4. Get Ready for the chat bot revolution: they are simple,cheap and about to be everywhere, Forbes 2/23/16, 5.2016could see google challenge WhatsApp with chat bots, Forbes 12/23/15, 6.2015年最新版スマートフォンアプリ関連の最新調査データ、Ferret 7.It's operating systems vs. Messaging Apps in the battle for tech's next frontier, 8/11/15, Techcrunch.com. 8. The Search for The Killer Bot, Casey Newton, The Verge. com. 1/6/16、9.「LINEが無料で衝撃! LINE MOBILEに見えるユーザーの不利益」、 日経トレンディネット、3/30/16、10.「スマホ利用は27個のアプリで利用時間の72%を占める」、Nielsen 10/1/14、「グーグル、検索優位いつまで」、日経新聞 4/26/16

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