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2015年6月11日 (木)

100年続いた価値観が変わるとき・・・マクドナルドとコカコーラの場合

  米国のアイコンともいえる2つのブランドが、いま、大きな転換期を迎えている。マクドナルドとコカコーラは、20世紀の、とくに第二次世界大戦後の米国の繁栄を象徴するブランドであり、米国の覇権が世界に広まるとともに世界市場に広まっていった。だが、21世紀の新しい環境のなかで、変化に対応することの難しさが表面化している。

  日本市場を例にとれば、たしかに、日本のマクドナルドの売上が急落したきっかけは、2014年7月に、中国工場で期限切れの鶏肉の使用が発覚したこと、ついで、追い打ちをかけるように、2015年初めにチキンナゲットにビニール片が入っていたといったような異物混入の苦情があいついだことにある。だが、こういったことは、消費者が納得するかたちで問題がすみやかに解決され、消費者の信頼を取り戻せば、一時的な売上減少ですむ可能性もある。

  しかし、マクドナルドの問題は、もっと根本的なところにある。消費者の食べ物に関する価値観が変わってしまったことだ。

  世界の先進国市場において、健康志向が高まり、国民の3割が肥満といわれる米国でも2014年には過去10年間で最大の売上減少が起きていた。米調査会社テクノミックによると、毎月マクドナルドに通う19歳~21歳の割合は、この3年間で、82.4%から69.5%に減っている。

  高カロリーの肉中心のファストフード・チェーン店に代わって人気を呼んでいるのが、食の安全や健康志向を強調しているファスト・カジュアルと呼ばれるチェーン店だ。ファストフードとカジュアルレストランの中間といったような意味でファストカジュアルと呼ばれる。2000年代末ごろから、とくに18歳~34歳くらいの若者層の人気を得るようになった。そのなかでも一番人気の「チポトレ・メキシカン・グリル」は、抗生物質不使用の肉や有機栽培の野菜を積極的につかい、新鮮な素材をその場で調理する。1993年の創立だが、2015年現在1700店舗を展開し、2014年度の売上は40億ドルを越した。2010年度の売上は18億ドルだから毎年20%前後の売上増を達成していることになる。

  皮肉なことに、このチポトレを育てあげたのは、マクドナルドなのだ。1998年当時、まだ16店舗しかなかったチポトレに出資し、その後、筆頭株主になっている。マクドナルドの資金のおかげでチポトレは2005年には500店舗を展開するまでになり、2006年に上場。IPOは大成功で、そのタイミングで、マクドナルドは持ち株を売却している。結果的には、約3億6000万ドル投資して15億ドルを手に入れたことになる。投資としては良い投資だったかもしれないが、マクドナルドはチポトレを買収して子会社とするべきだったと考えるアナリストもいる。

  なぜなら、マクドナルドが低迷している業績を改善するためにどのような再建計画をたてようとも、価値観の変わった消費者を取り戻すことはできない。たとえば、米国マクドナルドの再建策には、① 直営店を売却し、フランチャイズの割合を現在の81%から90%に引き上げることによるコスト削減、 ② グローバル市場の管理体制を、現在の地域別から、市場の状況別(成熟市場とか新興国の成長市場といったような状況)に変える ③ 客が具材を自分で選べるパーソナライズされた(オーダーメイドの)ハンバーガーの提供 ④ 抗生物質を投与した鶏肉の使用を2年以内に停止、成長ホルモン剤を投与していない乳牛の牛乳に切り替える・・・などが含まれている。が、こういった再建策は根本的問題解決にはならないというのが一般的意見だ。

  20世紀には、まだ、肉が富のシンボルだった。肉がたくさん食べられるということは、金持ちである証だった。所得の少ない家庭は、収入が上がることで、一週間に一回しか食べられなかった牛肉が、週に2回食べられるようになるといいなあ・・・と願っていたものだ。

  歴史をもっとさかのぼれば、多くの文化において、肥満体が富の象徴であり、「やせた人間はすなわち貧乏である」という一般化が通用した。中国の唐の時代では、理想の美女はふくよかに肥えていなくてはいけなかった。渡辺直美が当時にタイムスリップしていれば、第二の楊貴妃になっていたかもしれない。西洋でも、19世紀から20世紀初めには、まだ、ルノワールが描いたような太った女性が美の基準だった。1825年に「美味礼賛」を出版したフランスの美食家ブリヤ=サヴァランは次のように書いている・・・「肥満は未開人には見られない。同じく、食べるために働き、生きるためにのみ食べる階級の人間にもありえない」。

  開発途上国や新興国でも、経済レベルが上がる最初の段階では肉を食べることがお金持ちの証となり肉の消費が急激に伸びる。その段階を超して経済レベルが上がると、こんどは肉を食べないことが洗練されたお金持ちの証となる。世界の先進国どこもが通ってきた道だ。太っていることではなく、スマートに(健康的に)痩せていることが、美の基準となる。こういった価値観の変化にマクドナルドの再建策では対抗できない・・・と、市場関係者の多くが考えている。

  たしかに、それでも肉が好きなセグメント、ジューシーなハンバーガーには目がないセグメントはどの時代でも必ず存在する。たとえば、日本のモスバーガーは、安全で安心できる高品質のハンバーガーを食べたいセグメントにアピールしている。ただし価格はマックより高い。マックは100円バーガーを売っているが、モスバーガーはいちばん安くても2倍の220円だ。そして、両社の売上の違いは大きい。2014年度の売上2200億円を超えるマックに対して、モスフードは約660億円。3倍の開きはある。

   同じように、米国で高級グルメバーガーとして人気を呼ぶファストカジュアル・チェーン店「シェイク・シャック」は自然の環境で放し飼いの牛の肉をつかうことで急成長しているといわれる。しかし、2014年度の売上は1億1900万ドルで、売上が減少しているとはいえ270億ドルの売上をたたき出すマクドナルドとのギャップは大きい。

   21世紀の消費市場には、異なる価値観をもったさまざまなセグメントが存在する。モスフードにロイヤルティの高いファンのセグメントが存在するとしても、マクドナルドにはなれない(まあ、なろうとも思っていないだろうが)。シェイク・シャックとかチポトレのような新興勢力がいくら急成長しようとも、マクドナルドの売上に追いつくことはできないだろう。

   しかし、また、マクドナルドのファンのセグメントが縮小し売上が減少することを止めることができないことも事実だ。だからこそ、豊富な資金が残り少なくなる前に異なるブランドを買収して傘下におさめ、異なる価値観をもついくつかの消費者セグメントにアピールすることにより、(先進国における)今後の成長をつづけていくしか方法がないのではないか。M&Aによる多様化で価値観の変化に対応するというわけだ。ところが、マクドナルドはそれとは全く反対の戦略を実行した。2006年ごろに、チポトレを売るとともに、同じくファストカジュアルの有望株であったボストン・マーケットを売り、ピツァチェーンも売り、英国のサンドイッチ・チェーン店の株も売却した。

  マクドナルドは、なぜ、戦略的に間違ったとみなされるような決断をしたのか?

  それについて考えるのはあとにして、先に、コカコーラの場合を考えてみよう。

  コカコーラもマクドナルドと同様に、世界の先進国における「ヘルシーであることオーガニック(ナチュラル)であること」に重きを置く価値観の変化によって、打撃を受けている。コークのような炭酸飲料水に代わって、スポーツドリンク、レッドブルに代表されるエナジードリンク、そしてミネラルウォーターが人気となっている。米国に限っていえば、2009年には米国民1人あり当たり92.5リットルのコーラ類ドリンクを購買したが、それが、2015年には72.5リットル、2019年までには64.7リットルに、つまり10年間で30%減少すると予測されている(Euromonitor調査)。コカコーラの営業利益の半分は米国市場で生まれているわけだから、影響は大きい。

  しかも、人工甘味料の健康への悪影響を訴える報告があいつぎ、カロリーを気にするセグメントのために開発したゼロカロリーやシュガーフリーのダイエット・コーラに対する消費者の不安が増大している。結果、ヘルシー志向の消費者に応えるためのダイエット商品の将来性に期待がもてなくなってしまった。

  どちらにしても飲み物の甘さへの価値観は、肉と同様、経済レベルで変わる。私が子供のころ、田舎にいくとジュースにお砂糖をいれて出され、甘すぎて飲めなかった覚えがある。いまでも、開発途上国や新興国に行くと、コーヒーやお茶にとてつもなく多くの砂糖を入れて出すところがある。砂糖は貴重なエネルギー源であり、しかも体への吸収が早い。経済レベルが低いときには、ケーキやチョコレートといったスイーツがあふれているわけでもなく、農作業のような過酷な肉体労働に従事したあと、甘い飲み物を摂取する必要があった。だが、さまざまなスイーツがあふれるいま、飲み物は甘くないほうがよいのだ。

  コカコーラの場合は、海外市場では、すでに対策をとっている。ジュースとかコーヒーとかお茶を販売すればいい。日本市場全体として、どのブランドが売れているかの情報を手に入れることはできなかったが、西日本の販売を担当するコカコーラウェスト(株)のIR資料によれば、2013年の販売数量実績で、一番売れたのはジョージアで約4400万ケース、ついで、アクエリアスで2200万ケース、三番目がコカコーラで1500万ケース、これにぴったりくっついているのが綾鷹の1400万ケースだった(ちなみに、コカコーラゼロは700万ケースだから、コカコーラとの合計で2200万ケースになる)。

  缶コーヒー「ジョージア」や緑茶「綾鷹」のTVコマーシャルをみてもコカコーラの社名が出てくるわけでもない。自動販売機で買うときには、コカコーラと綾鷹がいっしょに販売されているとしても、、綾鷹はコカコーラが製造しているんだとか爽健美茶はコカコーラが販売しているんだ・・・とか知らない消費者はたくさんいることだろう。

  コカコーラはこういったブランドポートフォリオ戦略が実行できる。世界の各地域の消費者が要望するブランドを開発すればよい。だが、ライバルのペプシコーラを販売している会社ペプシコのグローバルでの炭酸飲料水の売上に占める割合はすでに半分以下になっているが、コカコーラはいまだに75%だ。

  世界市場、とくに先進国における価値観が変化してきているというのに、コカコーラの反応は遅い。やはり、歴史の重みとそれからくるプライドが邪魔をしているのだろうか。

  コカコーラはいま世界市場でコカコーラ生誕100年を象徴する広告を展開している。たしかに、私を含めて一定以上の年齢層にとっては、エルビスやマリリン・モンローがコークのボトルを手にとって飲んでいる写真はそれなりにノルタルジックな感情を喚起する。だが、コカコーラが将来の売上を託す世代には、エルビスとかモンローは過去のスター。「って、誰?」という若者が多いことだろう。あの広告キャンペーンは、コカコーラという企業が、自分自身のための、自分達のプライドを満足させるために展開しているキャンペーンにしか思えない。

  100年間、米国のアイコンでありつづけた誇りを抱いているだけでは、価値観の変わった世界市場、とくに先進国市場に対処していくことはできないだろう。

  それは、マクドナルドも同じだ。

  先に書いたように、マクドナルドは2006年前後に、それ以前の90年代末から進めてきた多様化のためのM&A努力をムダにする形で、チポトレやボストンマーケットといった人気を集めている新しいタイプのファストカジュアルレストランの持ち株を売却した。ハンバーガービジネスに集中するという名目のもとに・・・。

  マクドナルドはコカコーラほどの歴史はないが1940年に創立した75年の歴史ある企業だ。歴史とプライドがここでも変革のさまたげになっているのだろうか? マクドナルドと別れたチトポレの創業者は、サスティナビリティに関心をもち、良質な原材料をつかうという考え方は、加工した材料や冷凍した材料をつかい、生産性一辺倒の機械化されたプロセスを採用するファストフードの企業文化とはあいいれなかったと言っている。「ドライブスルーを採用したらどうか」とかいってくるマクドナルドのアドバイスに「ノー」を繰り返しているうちに、両社のあつれきが大きくなったと語っている。

  価値観や企業文化が違うブランドを傘下におさめるからこそ、異なる価値観をもつセグメントが乱立する世界市場でも全体として売上をあげていくことができる。自分たち親会社とな異なる価値観をもった子会社(ブランド)の個性を認め管理していくことは、忍耐と理性を必要とする非常に難しい仕事だ。が、それに成功すれば、21世紀の異なる価値観をもった複数のセグメントにアピールして成長していくことができる。

  そう判断できなかったのは、やはり、歴史に裏打ちされた誇りだろう。いや、変化への不安感のせいかもしれない。

  だが、たとえば、フランスのマクドナルドは、米国のマクドナルドとは異なる方針でチェーンを経営している。朝食には、フランスパンにジャムとコーヒー、あるいはクロワッサンにカフェオレ。また、食材も地産地消の考え方で、抗生物質や成長ホルモンをつかっていない高品質の肉が提供されるという。郷に入れば郷に従うということなのだろう。

  日本でも月見バーガーとか、最近では、とんかつバーガーとか、日本特有のメニューに力を入れている。とんかつバーガーはまだしも、カマンベールチーズとバケットを食べていて、それでも、「私はいまマクドナルドで食べているわ」と思えるだろうか? 緑茶「綾鷹」のTVコマーシャルに、赤いコカコーラのロゴが大きく出てくるような違和感を感じないだろうか?

  いずれにしても、同じマクドナルド・ブランドで、これだけの個性の違いを、文化が違うのだからと認めることができるのなら、なぜ、チポトレやボストンマーケットも同じように管理運営できなかったのか?・・・やはり、首をかしげてしまう。

  

参考文献:    1.マック世界で苦境、読売新聞5/5/15、2.米マクドナルド、内憂外患、日経新聞9/11/14、3.米、野菜主役の外食台頭、日経MJ 5/8/15, 4. George Arnett, How Coca-Cola is fighting against a US public losing the taste for it, the guardian, 2/13/15,5. McDonald's tried to turn Chipotle into another McDonald's, Money, 2/3/15, 6. Joe Satran, Steve Ells, Chipotle Founder, Refelcts On McDonald's, Huffingtonpost, 7/12/2013, 7. Lara O'Reilly, The end of the Coke eram Business Insider 8/4/2015, 8. Andrew Ross Sorkin, McDonald's said to weigh an arches-only strategy, The New York Times 28/3/03, 9. 高遠弘美、肥満の文化史「ポッチャリ礼賛」、現代社会における肥満の実態に迫る

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