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2012年9月 2日 (日)

表情から感情を判断して、今の感情にあった広告を提示するコンピュータ・システム

 

 アップルの株が最高値をつけたとか、フェ-スブックの株が公募時の半値になったとか・・・。企業は投資家をハイな気分にさせる材料を定期的に提供することを要求される。とくに、「新しい」ことを創造しつづけることを期待されているIT企業としては、ニュース(News /新しいことや変わったこと)を発信しつづけなくてはいけないようだ。

 マイクロソフトが今年の6月になって、2年前の2010年12月に申請した特許の内容を明らかにした。特許の内容は、ユーザーのそのときの感情にそった広告を提示できるように設計されたコンピュータ・システムで、ゲーム機、パソコン、スマートフォンを含めたモバイル端末などすべての機器がふくまれる。検索キーワード、eメール、オンラインゲームからのデータに加えて、顔の表情、スピーチのパターン、体の動きにもとづいて、ユーザーの感情を測定・判断するシステム(ソフトウェア)・・・・だそうだ。

 特許には、幸せを感じているユーザーはダイエット商品を買う傾向は低いので、そういった広告は提示しない。大いなる幸福感を感じているユーザーにはエレクトロニクス製品や旅行の広告を提示。困惑したりイライラしている客には、オンライン技術サポートの広告を提示する・・・といった例を紹介し、「広告が適切な客に提示され不適切な客に提示されないことにより、金銭的無駄をはぶくことができる」と記されているそうだ。

 eメールやチャット、ソーシャルメディア上のコメントの内容にもとづいて広告を提示することは、Facebook やGoogleもやっていることだから目新しくもない。が、「ユーザーのその時々の気分や感情にあった広告をリアルタイムで提示する」ことはニュース(新しいこと)になるかもしれない。                                                

 マイクロソフトが2010年にゲーム機Xbox用に開発・販売したKinect(キネクト)は、カメラ、マイクロフォン、赤外線をつかった深度センサーを内蔵していて、プレーヤーの体の位置や動き、ジェスチャーや音声を認識して反応する。その後、Windows 対応のKinect ソフトウェアも発売されている。ボディーランゲージやスピーチ・パターンを把握する基本はできているのだから、マイクロソフトはいつでも特許内容を実現することができるはず。だが、いつ、実際に、そういった広告システムを販売するかについては発表していない。

 ボディーランゲージ(身体言語)には、顔の表情、視線、ジェスチャー、しぐさ、姿勢などが含まれ、日常のコミュニケーションにおいては、言語よりもボディーランゲージ(身体言語)のほうが伝達する内容が多いし、中身が濃いという説もある。最近は、このなかでも、表情、とくに微表情を読み取ることで、他人の心理を察知しようとする(とくに、ウソをついているかどうか見抜こうとする)話をよく耳にする。 

 米TVドラマで日本でも放送されDVD販売されている「Lie to me/ライ・トゥ・ミー 嘘の瞬間」は、「あなたのウソは顔に出る! ウソを見抜いて真実を暴くリアルサスペンス・ドラマ」と宣伝されているように、微表情(microexpression)からウソを察知する精神行動学者カル・ライト博士の活躍を描くミステリードラマだ。    

 また、アメリカでは、9.11後、セキュリティ要員に微表情を読み取る訓練をして、テロリストが飛行機内に乗り込むのを事前に防ぐ方法を採用する空港も登場するようになってきている。      

 微表情は1/25秒から1/15秒ほどしかつづかない瞬時に表れて消える表情だ。顔の筋肉を一瞬動かしたということで、それは、当人が、自分の本当の感情を意識的あるいは無意識的に抑制しよう、つまり、隠そうとしていることを示している。たとえば、浮気をして帰宅した夫が、「どこにいってたの?」と妻に問われて、「部長と飲んでた」と答えたときに、罪悪感を感じるだけの良心がある場合には、一瞬目線を下げ、眉は「ケンカする気などもうとうありません」的に外側にたれ、ちょっと悲しそうな口元をつくる。    

 表情で感情を測定するシステムは、マイクロソフトだけでなく、CIAや国防省、アニメーション映画のピクサー、アップルやGoogleも関心をもっている。セキュリティ関係の場合は表情を判断できるように人間を訓練することが多いが、IT企業は自動的にテクノロジーで分析判断しようとする。どちらの場合も、心理学者ポール・エクマンが考案したFACS(Facial Action Coding System)という表情解析技法を基本としているものがほとんどだ。ソニーが2008年に発売したデジカメの「笑顔を検出して自動で撮影するスマイルシャッター機能」を開発するときにもFACSを採用している。また、ピクサーもアニメ映画「トイ・ストーリー」のキャラクターの感情を表情で表現するときに利用したそうだ。

  ポール・エクマンは、TV ドラマ「ライ・トゥ・ミー」の主人公のカル・ライト博士のモデルとなった人物であり、このドラマの監修もしている。「表情と感情」研究の第一人者。

 進化論のチャールズ・ダーウィンは1872年に発表した著書「人間および動物の表情について」で、顔の表情がどういった感情を表現しているかは、人類に普遍的なものだと書いた。つまり、世界中どこにいっても、喜んだ顔や悲しい顔の表情は同じだということだ。が、1950年代になると、マーガレット・ミードに代表される人類学者が、表情は学習するもので文化や環境によって異なるという説を主張した。

 ポール・エクマンは60年代から70年代にかけて世界規模での調査をした結果、基本的感情を示している顔の表情は世界に共通するものであると、「やっぱりダーウィンは正しかった」という研究を発表した。つまり、怒り、恐れ、悲しみ、嫌悪、驚き、幸福感を表す顔の表情はすべての人類に共通しているということだ。たとえば、眉をひそめるのは幸せでないことを示し、目を見開くことは驚きや恐怖、鼻をしかめるのは嫌悪の感情を表しており、これは日本の東京でも、フランスのパリでも、未開地の部族でも変わらないというわけだ。

 顔の表情は50以上あるという顔面筋肉の動きや位置によってつくられるものだが、顔の筋肉のなかには自分で意識的に動かすことができない筋肉もあり、これらは学習や経験をほとんど必要としない反応と考えられており、本能的感情に密接にむすびついているといわれる。

 (笑顔には本当の笑顔とニセモノのつくり笑いがあり、表情から簡単に見分けられることをご存知ですか? 心から楽しんでいる笑いと他人におもねたり本当の感情を隠すための愛想笑いでは、どちらも口角を上げる頬骨筋をつかうことは同じだが、本当の笑いは大脳辺縁系という古い脳から生まれる反射的な動作であり、無意識に目のまわりの小さな筋肉が収縮して目じりにシワがよる。人間は目まわりの小さな筋肉を意識的に動かすことができないので、つくり笑いの場合は、口に笑いを浮かべることはできても、目じりにシワができない。そういうことが分かったうえで観察してみると、大人の笑顔のほとんどは、つくり笑いであることが多い)

 エクマンは、1978年に、解剖学的基礎にのっとったうえで、どの筋肉をどう動かしている場合はどの感情を表現しているかを判定するツールとしてFACSを開発した。90年代に、6つの基本的感情以外に、楽しい、軽蔑、満足、興奮、罪悪感、自負心、安心、喜び、困惑、恥ずかしいの感情を加えたうえで、2000年代初めにFACSの改定をしている。

 自動顔表情分析を専門とするMPT(Machine Perception Technology)は、ポール・エクマンが顧問をしている会社で、前述したように、ソニーのスマイルシャッターカメラのエンジンをつくったそうだ。それ以外にも、P&G,やインテルといったクライエントをかかえている。

 マサチューセッツ工科大学の研究所MIT メディアラボの研究員が独立してつくったAffectivaという会社も感情測定テクノロジーを専門とする。FACSを基本としているが、独自のアルゴリズムにもとづいて感情を分析している。表情から相手の気持ちを察することを苦手とする傾向の高い自閉症児の治療分野で成果をあげている。最近では、調査会社のMillward Brownと組んで、広告がもたらす感情を測定する仕事や、オンラインゲームをしているプレーヤーやオンライン教育を利用しているユーザーの関心度や退屈度、あるいは理解できずに困惑している度合を測定する仕事もしている。

 たとえば、TVコマーシャルのテストの場合、Webカメラが搭載されている機器を通じて、Affectivaのサイトでコマーシャルをみることができる状況にあるなら、誰でもテストに参加できる。Affectivaはユーザー自身のWebカメラを通してユーザーを観察。表情をアルゴリズムで自動的に分析して、どういった感情を引き起こしているか認識することができる。               

 現存する表情・感情分析ツールの基本となっている研究を確立したポール・エクマンは、1934年生まれだから、現在78歳。エクマンは、自分が考案したFACSは脳に焦点をおくニューロマーケティングよりも、ずっと正確で役に立つといっている。たしかに、fMRIは被験者がMRIのなかに横たわらなくてはいけないし、分析は複雑。広告や質問などへの反応を分析するだけなら、FACS を基本としたツールのほうが簡単だ。

 エクマンは14歳の時に母親が自殺しており、その時、手遅れになる前に母の顔の表情の変化に気づいていればよかったと非常に後悔したらしい。そして、精神的に病むひとたちの命を救おうと決心した。その過程において、新しい学問を確立したということになる。

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参考文献: 1. Microsoft Fiels patent to Serve Ads based on Mood, Body Language, AdvertisingAge 6/12/12,  2. Coutney Humphries, The Emotion on Your Face, The Boston Globe, 2/12/12, 3. Kevin Randall, Human Lie Detector Payl Ekman Decodes The Faces of Depression, Terroirism, And Joy, Fastcompany 12/15/11, 4. Steve Henn, How did that ad make you feel? Ask a computer, NPR, 1/3/12    

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