« 2021年2月 | メイン | 2021年7月 »

2021年4月30日 (金)

「共感」は21世紀のスキル? そして「共感マーケティング」

   この数年、共感(empathy)という言葉が海外でも日本でもよくつかわれる。日本では、「共感マーケティング」というように、顧客とか一般市民の共感を得るにはどうしたらよいかといった文脈でつかわれることが多い。英語圏では、優れたリーダーであるためには共感性が高くなくてはいけないといったふうな文章が目立つ。

  たとえば、バイデン大統領は(トランプに比べると)共感性が高いとか、パンデミック禍において女性大統領や首相は共感性を発揮して国民の支持を得るのに成功している・・・といった具合だ。

  世界の多くの国において、パンデミックや人種問題から生まれる貧困や格差がもたらす衝突が続くなか、「共感性の欠如 empathy deficit」や「共感ギャップ empathy gap」といった言葉もメディアで多く引用され、グーグル検索では、2020年6月第1週に「empathy」という言葉が過去最高の検索数を記録している。  

 「共感性は21世紀のスキルだ」という見出しの記事もみかける。つまり、21世紀という不確実で不安定な時代には、感情を理性の抑制なしに言動に出す人が多くなる。そういった感情的になりやすい社会を生きるために必要なスキルだと主張しているわけだ。

  最初に、まず、共感というのは思ったより複雑なものだという話をします。

  日本では、「共感マーケティング」というと、販売しているモノやその広告に対して消費者からの共感を得る・・・といった意味あいが強い。そして、その共感の度合いは、SNSでどれだけのイエスやコメントをもらったかとか、どれだけ拡散したかの数値で表現する。結局は、どれだけ消費者の感情に訴えることができたか、消費者がどれだけ感情移入をしてくれたかぐらいの意味合いしかない。

  もともとempathyという言葉は、ドイツの心理学者がつかったeinfuhlung(feeling into感情移入)という言葉の英訳だといわれる。そういった意味で、共感マーケティングの効果を消費者の感情にアピールするのに成功したかどうかで判断するのは間違っていないかもしれない。

  間違ってはいないかもしれないが、そのくらいのレベルで、「共感」という言葉を使うのは止めてほしい。共感はたんなる感情移入とは違う。共感はもっと複雑な概念だ。たとえば、多くの人は、「共感する」ことは良いことであり善いことだと思っているのではないか?

  たとえば、オバマ大統領は2006年のスピーチで「共感性の欠如 empathy deficit」という言葉をつかったときに、「共感とは、他人の立場にたって、その人の視点で世の中を見ることができることだ」と説明している。つまり、他人の状況に自分自身を置いて、その人(その人達)の考えていることや感情の動きを理解できることだ。これは、多くのひとが認める共感の定義だろう。

  大統領は、今の米国には貧しい人や人種の異なる人達の立場にたって思いやる気持ちが欠如しているとスピーチしたわけだ。このように、共感することは良いことや善いことをもたらすと多くの人は思っている。

  しかし、実際には、共感は良いことばかりをもたらすわけではない。たとえば、米国議事堂への襲撃やコロナ禍においてマスクをしない自由を主張するひとたち・・・いずれもトランプ元大統領の考え方に共感する人達が実行していることだ。SNS上で同じ考えを持つ人達が共感しあいそれを行動に移した結果だ。日本でも特定の思想を持った人たちが共感しあい、それによって、自分の考え方の正当性をより強固なものにし、より過激な発言をするようになった。

  共感という概念の複雑性を強調するために共感の悪い側面をまず紹介します。

  21世紀になってポピュリズムが登場する過程において、共感性は大きな役割をはたした。それは、共感性には弱点ともなる4つの特徴があるからだ。

  1. 人間は具体的な事象にしか共感できない・・・たとえば、自分の友人の実家がある地方で豪雨がつづき、数万世帯が水につかり多くの死者も出た。同い年のいとこも死んだと悲しむ友人をみて、その悲しみに共感することはできる。だが、そういった身近な具体例がなく、TVや新聞で〇〇市では死者行方不明者が百名に及ぶというニュースが流れたときに、どれだけ共感して心を痛めることができるだろうか? 自分からの心理的かつ物理的距離が離れれば離れるほど、具体的事例から離れて抽象度が増すほど、共感性は薄れる。日本でも、海を汚染するプラスチック問題への一般市民の関心が高くなったのは、80袋以上のビニール袋がつまって死んだクジラの胃の写真や、ウミガメに突き刺さったプラスチックストローを抜く動画が公開されるなどして話題になったからだ。海洋を漂っているプラスチックごみは合計で1億5,000万トン。 毎年800万トン増えていると抽象的な数字で表現されても感情が喚起されない。「可哀そうなクジラ、カメ、海鳥」といった具体的姿が見えることで共感が生まれる。環境問題は長い間一般市民の協力を得ることがむつかしかった。「未来のために・・」といわれても、自分からの距離が遠いから感情移入できない。ヨーロッパに比べて環境問題に関心のうすかった米国人が、最近になって、やっと関心をもつようになったのは、山火事や洪水といった自然災害が頻繁に発生するようになり自分たちにも甚大な被害をもたらすようになったからだ。
  2. 自分に似た人達には共感しやすい・・・・当たり前といえば当たり前のことだが、職業、年齢、趣味、収入、考え方などが同じような人には共感しやすい。結果、似たような人達が、たとえばSNS上で集まり賛同しあう結果として、視野が狭くなる傾向が高くなる。人種差別や民族差別、特定の考え方を差別して批判するという行動が生まれるのは共感性のせいだともいえる。
  3. 共感は科学的事実よりもストーリーに影響されやすい・・・1番や2番と深く関係しているが、人間は、第三者によって確認された情報や科学的に証明された事実よりも、ストーリーとして語られる内容により強く共感する傾向が高い。だから、とくに、不確実な時代においては、ウワサやデマが横行する。
  4. 共感は長期的観点にたった行動に移れない傾向が高い・・・共感は基本的に感情的なものであるために、感情的に先走りするだけで、長期的かつ全体にとって有効な行動に移れない傾向も高い。もともと、自分が身近に感じられる具体性をもったモノゴトに対して抱く感情なので、災害が起きたときに、極端なことをいえば、倒壊した家で泣き叫ぶ赤ん坊を助けることに皆の注目があつまり、TVのライブ中継もされるなか、その子が2日後に救助隊に助けられれば喝采をおくり、「あの子に何かプレゼンをして元気づけよう!」。そして、寄付をして安堵し、その災害で数十名が亡くなり家を失った人たちが数百人いたことは無視してしまう。感情に流されない合理的な思いやりがなければ、被災者を継続的にサポートしつづけることはできない。また、政府や自治体は、感情に流されているだけでは、全体的、かつ長期的により良い結果をもたらすような合理的判断はできない。

  

  私自身も共感は善いものだという思い込みをもっていたが、それは間違っていたようだ。「共感は道徳的というわけではなく、場合によって、不道徳の源になることもある」と米国の精神医学者は語っている。

  ここで、必要となるのが認知的共感だ。前述したように、共感は複雑な概念なので研究者の意見もさまざまだ。だが、共感は感情的共感と認知的共感に分けられるということには、ほとんどの研究者が賛同している。

  ここまで書いてきたのが感情的(脳の本能的部分から生まれる感情なので情動的という言葉を使って情動的共感と呼ばれることもある)共感だとすれば、認知的共感は、情動が生まれる大脳辺縁系を覆うようにして発達した新皮質にかかわる。大脳辺縁系は1億年前以上に地球に登場した哺乳類で発達したといわれるが、大脳新皮質は200万年~300万年ころの霊長類において各段と発達した。とくに、我々の遠い祖先において新皮質はめざましく成長し、結果、人間は計画・学習・記憶といった高度な認知活動を展開することができるようになった。

  共感は、こういった高度な認知活動にかかわる部位からも影響をうけ、それは認知的共感と呼ばれる。

  感情的共感は無意識だが、認知的共感は意識することができる。感情的共感は生来のものであり、共感性の高低は人によって異なるかもしれない。たとえば、女性は男性より共感性が高いとよくいわれる。性差別だと不満に思う男性がいるかもしれないが、これに関しては日本でも海外でも多くの研究調査があり、どの調査でも同じ結果が出ている。

  だが、男性諸君、心配無用。認知的共感は意識できるものであり、よって学ぶことができる。そして、自分の共感性を高めることもできるし、前述した共感性の悪い側面を是正することもできる。実際、米国では、アップルのティム・クックのように、リーダーシップに共感性が必要だと考える経営者が多く、企業の20%が、管理職の共感性を高めるための訓練を提供しているという調査結果もある.

  つまり、共感性はもって生まれたものというだけでなく、スキルとして向上することができるということだ。

  どういった訓練をすればよいのかという話をするために、そもそも、共感の仕組みがなぜ生まれたかの説明をさせてください。

  他人の考えとか感情に共感する仕組みが脳に備わるようになったのは、それが、人類の進化において優位に働いたからだといわれる。他人が何を考えどう感じているかを推測することができれば、人間は複雑な人間関係をスムーズに処理できるようになる。人類が社会を築くなか、共感性をもっていることは有利に働く。共感性の高い人は、複雑な人間関係においても良い関係を保つことに成功する率が高い。そして、高い共感性をもつメンバーの多いグループの方が協力関係や協働関係を築きやすく、生存率を高め、文明を築く確率が高くなる。

  社会的生活を送るサルとか人間の脳にミラーニューロンなる神経細胞が発見されたとき(サルは1992年、人間は2008年に発見されている)、人間の学習や共感のカギを握る発見だと騒がれた。

  ミラーニューロンはミラー(鏡)の役割をする神経細胞という名前の通り、Aがボールを手に取り投げるのを見ている観察者Bの中で無意識のうちにAの行動がシミュレートされる。B自身はボールを投げるわけではないのに、そういった動作をしているAと同じように筋肉を管理する神経細胞が脳内で活性化する。まるで、行動者の脳の活動を観察者の脳が鏡のように忠実に映し出しているかのように。

   ミラーニューロンシステムのおかげで、BはAの意図を読み、なおかつ次に何をするかを予測することができる。

  こういった仕組みがあるために人間は模倣を通じて学習することができる。赤ちゃんは、周りの人間の行動を脳の中で模倣することで学習し成長していくのだ。

  ミラーニューロンは動作だけでなく、他人の感情をもシミュレートすることができるといわれる。これが、共感性を生むことにつながる。つまり、前述した例でいえば、洪水でいとこを失った友人が悲しんでいるのをみたあなたの脳のなかでも、悲しみを生む神経細胞ネットワークが活性化しているはずだというわけだ。つまり、あなたの脳が友人と同じ感情を共有していることになる(感情の共有=共感)。

  ミラーニューロンの働きについては様々な説があり、共感が模倣から始まったという説に反対する意見もある。

  だが、他人に共感できるという性質は、人間が社会生活をおくるなかで有利に働いたことは事実だろう。

  このように感情的共感は人間が生れもって持っているものだ。が、こういった感情的共感とそれがもたらす経験から、認知的共感がつくられる。こういた状況にある人間は、こう考えこう感じるはずだというルールがつくられる。そして、それに適した言動をとれば相手は気分を良くして、自分との人間関係がスムーズに進むはずだ。そういった形で認知的共感が育成されていく。

  アルバート・アインシュタインが「共感性は学校で学ぶものではない、それ生涯をとおして育て磨きあげられるものだ」と発言している。認知的共感が人生の経験をとおして育成されることを指して言ったのだろう。

  共感性が低い人間は仕事でも「同僚とのコミュニケーションができない」とか「顧客の気持ちがわからない」とか評判が悪い。そのうえ、「持って生まれたものだから、直しようがない」ともいわれる。だが、安心してください。認知的共感性は教育・訓練によって高めることができる。学ぶことができる

  どういった訓練をするかといえば、ケーススタディや小説、つまりストーリーを読み、「自分が、ストーリーの主人公のような状況に置かれた場合、どう考えどう感じるだろうか?」「どういった言葉をかけられたらうれしいだろうか?悲しいだろうか?」といったような議論をする。つまり、自分のこれまでの人生経験のなかで出会ったことのない人達や見聞きしたことのない経験について、ストーリーを通じて学ぶわけだ(こういった教育方法をみればわかるように、幼児のころから絵本を読んであげたり、子供のころに漫画でもいいから物語にたくさん触れさせることの重要性を、多くの心理学者は訴えている)

  さて、ここで、「共感マーケティングとは」という本題に戻ります。

  ここまで説明してきたように、共感には広告や商品が消費者の感情にアピールすることができ、評判がSNSで拡散した・・・というよりは、もう少し深い意味があるはずだ。

  たとえば、サントリーHLDGの新浪社長がコロナ後の企業についての新聞インタビューにおいて、「環境問題に世界中が危機感をもっている。それに応えることでチャンスが生まれる」と前置きしたうえで、「いい商品を作るのは当たり前。そのうえで、社会に役立っている会社だと消費者から共感してもらえるかがこれからのカギとなる」と語った。

  ここでいう共感は、ただ単に消費者の感情に訴えることとはレベルが違う。消費者は、会社やブランドに人格をみている。そして、この会社やブランドが感じていること考えていることに、消費者が共感している(同じように感じ考えている)ということだ。そこまできて初めて、企業やブランドは、他社や他のブランドからの確固たる差別化に成功したといえる。

  米国やヨーロッパの先進国では、社会の大きな出来事に対して企業がどう考えているかに消費者が大きな関心を寄せるようになっている。だから、環境問題はむろんのこと、人種問題や格差問題について共感するメッセージや広告を出す企業も多くなっている。

  英国の最近の調査によると、ブランド企業の90%余が、急速に変化する文化的社会的状況に共感をもって反応しなければいけないと考えているそうだ。たとえば、マーケターの57%がコロナウィルスに関するキャンペーンにおいて、また、47%がBLM(Black Lives Matter)において共感的な内容にするようにしていると答えている。

  だが、前述したように、共感は複雑なので、こういった広告は微妙なところで間違えると、かえって反感を買う。感情的で過敏になりやすい繊細なトピックなのでメッセージに適切な共感を交えることは非常にむずかしいと、60%のマーケターが答えている。

  ペプシコーラもBLM運動への共感を示そうとした動画をつくって流したが、「デモをきれいごとにしているとか」「デモをしている人達の気持ちがなにもわかっていない」と非難され、動画を削除して謝罪する結果となっている。ペプシはこういった運動をしている人達の立場にたって考えたり感じたりすることができなかった・・・ということになる。想像が及ばなかったというわけだ。共感性が足りなかった、欠如していた、あるいは、共感力がなかったといえる。

    日本でも、広告とは異なる例だが、復興庁が東京電力福島第一原発の放射性物質トリチウムを含む処理水の安全性をPRするために作ったチラシや動画で、トリチウムを「ゆるキャラ」のように描いたことが非難された。キャラクター化したのは「・・できるだけ関心を持ってもらおうとしたから」と担当者は説明したが、深刻な問題をゆるキャラで描くこと自体に対して、「被害を受けた住民たちがどう受け止めるかに思いをはせれば、ああいう発想にはならないだろう」と批判された。

  共感は主観的なものなので、人によって、同じ言葉や内容にも異なる反応を示す。だから難しい。

  悪気はなかった、良かれと思った・・・といった言い訳は通じない。善意で出したメッセージであっても、相手の心を傷つけることがある。環境問題でも「他がやっているから流行にのっただけだろう」とか「きれいごとですませているだけ」と思われ、「グリーンウォッシュ Green washing」のレッテルを貼られる。

   日本企業の多くは、社会の出来事に共感しているという広告を出して、かえって、反感をまねくリスクを恐れ、出さないことを選択する。たとえば、10年前の東日本大震災のときは、「大惨事のあとで何事もなかったかのように宣伝する」ことで非難されることを恐れた多くの企業がCMを控えた。広告機構のCMばかり見させられ飽きてきたという消費者の声も多くなった。4月7日、リスクをとることをそれほど恐れないサントリーが、一番最初に、多くの有名人が「上を向いて歩こう」などを歌い継ぐCMを流して好評を得た(共感を得た)。

  リスクがあることを承知しながらも「共感マーケティング」を企業が採用しなくてはいけなくなったのは、結局、差別化がそこまで進んだということだろう。企業やブランドの差別化は価格による差別化から始まって、機能、デザイン、サービスと感情的訴求の要素が強くなり、そして、90年代ごろから企業が社会的責任を果たしているかどうかが重要視されるようになってくる。市民としての企業、社会の一員として社会に貢献する企業・・と企業やブランドの人格化が進む。

  企業はリスクがあることはわかっていながらも、社会の大きな出来事に自分の考えや感じていることを明らかにしなくてはいけない時代に入ってきたといえる。

  消費者や一般市民の共感は感情中心で主観的なもの。企業は認知的共感性を発揮して広告メッセージの内容を考えるわけだが、常に適正な判断ができるわけではない。サントリーがしたように、テーマを明確に出さず感情だけに寄り添うようにする。これが賢いやり方だ。ただし、肝心の問題から目を背けていると批判されることもある。

  だからこそ、感情的な21世紀において、共感は重要なスキルだといわれるのだろう。

 

参考文献:1.福田正治、共感と感情コミュニケーション(1)、研究紀要 富山大学杉谷キャンパス一般教育 第36号2008、2. Richard Fisher, The surprising downsides of empathy, BBC.com 9/30/20, 3. Judith Hall, The U.S. has an empathy deficit, Scientific American 9/17/20, 4. Jamil Zaki, Making Empathy Central to Your Company Culture, HBR 5/30/19, 5.Mark Honingabaum, Barack Obama and the empathy deficit, The Guardian 1/4/13, 6.「社会に役立つ共感カギ」読売新聞4/16/21, 7.「トリチウムのキャラ化物議 復興相が謝罪」朝日新聞 4/21/21 8.Stepan Britton, Keeping up with 2020 – The Challenges Facing Brands, Advertisingweek360 com. 9. Tracy Jan, Pepsi tried cashing in on Black Lives Matter with a Kendall Jenner ad. Here’s how that is going, The Washington Post 4/5/17, 10. ルディー和子「売り方は類人猿が知っている」日経プレミアシリーズ、11. JohnMark Taylor, Mirror neurons after a quarter century: new light, new cracks, Harvard University, 7/25/16