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2021年1月16日 (土)

不確実性下におけるANAと黒鳥と黒い像

 コロナウィルスによるパンデミックで大きな損失をこうむった企業が多い。なかでも、航空会社、宿泊業者や飲食業者は、客が、突然、消えてしまった。需要の存在しない市場では、供給する側はなすべき手立てもなく茫然と立ちつくすのみだ。

 その一方で、「あつ森」でもりあがった任天堂や世界中の有料会員数が2億人近くまで膨れあがったネットフリックスのように、パンデミックのおかげで収益を大幅に伸ばした企業もある。景気の良い悪いが業種によってこれほど明白に分かれることは珍しい。

 世界経済が縮小するなか、欧米のビジネスメディアでは、コロナウィルスはブラックスワン(黒鳥)なのか、ホワイトスワン(白鳥)なのかという議論が目立った。ブラックスワンという言葉は、金融デリバティブ・トレーダーの経験を持つリスク分析研究者ナシーム・ニコラス・タレブの著書「ブラック・スワンー不確実性とリスクの本質」が2007年に世界的ベストセラーになることで広まった。

 もともとの言葉の由来は、1697年に、オランダの探検隊が、オーストラリアで黒鳥(ブラックスワン)を発見するまで、北半球のヨーロッパ大陸の人たちはスワンと言えば白鳥であり、すべて白いものだと信じていた。そのため、「ありえないこと」「起こりえないこと」のメタファーとしてブラックスワンという言葉が使われるようになった。

 今回のパンデミックを白鳥か黒鳥かと議論しているということは、ありえないことが起こったのだから予測できないのは当然とする黒鳥派と、起こることは予測できたとする白鳥派が、どっちが正しいかという議論をしているということだ。

 著者のタレブ自身は、新型コロナウィルスは白鳥だと語っている。なぜなら、以前から、パンデミックがいつ発生してもおかしくないと指摘する科学者は多かった。急性呼吸器系感染症をもたらすウィルスについては、2002年に中国で発生したSARSがアジアやカナダを中心に32か国に拡大しているし、2003年から2015年の間に、アジアやエジプトを中心に鳥インフルエンザのヒト感染がみられ450人近い死亡者も出ている。発生してから拡大していく経緯の研究もあり、適切な防疫方法についてもある程度の知見も得ていた。だから、中国の武漢での感染症発生が分かった時点で、中国との出入国を停止していれば、世界中に広まるパンデミックにはならなかったとタレブは主張する。

 たしかに、今回の出来事は、各国の政府高官やWHO高官にとっては明らかにホワイトスワンであり、適切な防疫体制を素早くとらなかったのは、各国政府とWHOの大きな失敗だ。つまり、過去の知見から予測できたはずであり、こんなときに首相や大統領になっていて運が悪かったという愚痴は通用しないということだ。

 だが、特定の業種の企業にとっては、コロナウィルスはブラックスワンが登場したようなものだろう。感染拡大が予測できたとしても、私企業として、これといった対策をとることはできない。だから、たまたまタイミング悪く社長の座にいた人は、「ありえないこと」が起こったのだから、「自分は運が悪い」と思ったとしても許されるだろう。

 たとえば、航空会社のトップ経営者が武漢で感染症が発生したと知り、これは世界的パンデミックになると予測したとして、損失を少なくするために、早目にとれる手段があっただろうか? パンデミックになり各国間の往来が禁止されると個人的に予測したとしても、各国政府が国境封鎖や飛行禁止の措置をとらず旅行者が国から国へと行き来しているときに、つまり、需要が存在しているときに、自社の国際線を停止することなどできない(同じことは、ホテルや飲食店にもいえる)。

 つまり、政府よりも早く危険性を感知したとしても、こういった業種の経営者にいったい何ができるのか?ということだ。

 航空業は固定費の割合が約60%で、日本の全産業平均の約20%の3倍。労働集約型サービス業だから、固定費の3割は人件費で、残りは一機200億円とか300億円する機材費(飛行機代金)とその減価償却費が占める。しかも、飛行機は維持費が高く、飛ばなくてもコストがかかる。一週間に一度、15分くらいはエンジンをかけないと使えなくなるし、一か月に一度、トーイングカーで引っ張って動かさないと、タイヤがパンクしてしまう。

 このように固定費の高い航空会社には融通性がない。飛行停止措置がとられる前にパンデミックの予測をした感度の高い経営者がいたとしても、その時に取れる対策といったら、すでに注文していた機材(飛行機)をキャンセルしたり、キャンセルできなかったら導入予定を遅らせることぐらいしか手立てがないということだ。そして、航空会社の営業利益率の世界平均は4.8%だから、営業できなくて収入が途絶えれば、とたんに人員削減とか経営破綻の話が出てくる。

 世界的に著名な投資家ウォーレン・バフェットは、2007年の「株主への手紙」で、投資家として航空産業ほど恐ろしい産業はないと書いている。「航空会社は急成長をするが、その成長を生み出すために莫大な資本を必要とし、結果、利益を稼ぐことがほとんどできない・・・だが、投資家たちは、その成長に魅了されて底なし沼に資金を投入し続けてきた」とし、「ライト兄弟が最初の飛行実験をした場に、先見の明ある投資家がいあわせていて、その飛行機を撃ち落としてくれていたら、後世の投資家たちに多大な恩恵を与えることになっただろう」なんてことまで書いている。

 航空会社の株を買って手痛い目をみた自らの経験から出た辛辣な意見だ。

 それなのに、ああ、それなのに・・・、バフェットは2016年に、米国の航空会社4社の株を購入してしまった。そして、コロナ禍の今年5月、全ての株を損失を出しながらも売却し、「買ったのは間違いだった」と自分の誤りを認めた。

 それでも、「大手航空会社4社のCEOは優秀であり、彼らのミステークが原因というわけではない、航空業はそういうふうにできているのだ」とも語っている。

 バフェットの言動は神のお告げとして世界中の投資家が参考にしている。そのバフェットが「航空会社には投資しない」という宣言を、ついひるがえしてしまったくらい、コロナ以前の10年間、世界の航空業界はグローバル化のおかげで超がつく高度成長をおう歌していた。国連世界観光機関によれば、世界中の旅行客の数は2019年には15億人に達している。国際航空運送協会IATAは、1998年に販売した航空券は14億6000万枚だったが、2019年には3倍の45億4000万枚になったと発表している。

 この高成長が今後も続くと予測して、多くの航空会社が積極的な成長戦略を採用していた。新規の路線を増やし、それにあわせて新しい飛行機を買い、それにともないサービスを提供する従業員も増員する。何百億円の機材を買うわけだから借金も多くなる。そこに、突然のパンデミックで需要が大幅に縮小する。

 外食産業のように配達とかテークアウトを増やす、場合によってテークアウト専門店を出店するというような融通性は航空業にはない。せいぜいいって、大型旅客機をモノを運ぶ輸送機に変更することぐらいだ。景気が悪くなってできることは、機材売却か人員削減しかない。それでも、ヴァージンオーストラリアのように経営破綻したり、アリタリア・イタリア航空のように再国営化される企業がでてくる。韓国では政府主導で大韓航空がアシアナ航空を買収することとなった。

 そういった意味で、そもそも、日本の規模の国で、大手航空会社が二社もあるのはおかしいという話が再燃して、ANAとJALの統合論がまたぞろ出てきたりしている。ANAとJALの財務状態を比較する記事も多く、そのほとんどが、ANAがJALより大きな赤字とより大きな負債を抱えている原因として、ANAの積極的経営をあげている。見出しをみていると、まるで、JALの消極的経営が正しかったような印象を受ける。たとえば、「ANA , 広げた翼 重荷」「ANA拡大路線 あだ」あるいは「消極戦略貫いたJALと明暗 王道歩んだANAの大誤算」などといった見出し・・・。

 これはおかしい。

 10年前のことなので忘れてしまった人もいるかもしれないが、JALは2010年に2兆円を超す負債を出し経営破綻した。そして、銀行に5215億円の債権放棄をしてもらい、政府系ファンドから3500億円の出資を受けている。TVドラマ「半沢直樹」の最新シリーズは、この実話をもとにしてストーリーがつくられた。もっとも、ドラマでは、銀行が・・というか半沢直樹が政府の意向に最後まで抵抗して債権放棄はせず、航空会社は自主再建することになっている。

 だが、現実には、官僚的組織で殿様商売をしていたと批判されたJALは5000億円もの負債をチャラにしてもらっている。だから、ANAより負債が少ないのは当然だ(ANAの有利子負債は1兆3589億円、自己資本比率は33.9%であるのに対し、JALはそれぞれ5046億円と45.9%)。

 積極的にリスクをとる戦略をとってきたANAは間違っていなかった。リスクをとらない日本企業が多いなか、健全なリスクの取り方だった(自己資本率33.9%は、世界の上場航空52社の平均である11%と比べれば、悪くない)。

 JALの消極的戦略を正しいとするようなメディアの見出しでいくと、「ほら、みろ、日本企業の内部留保が多すぎると批判されてきたけれど、こういったブラックスワンのような出来事があるから、そのために金を使わずにとっておいたんだ。よかっただろう」という意見がまかり通るようになる。実際、「石橋をたたいて、(それでも)渡らない」式の経営を続けてきた企業経営者の多くは、コロナ禍のなかで、自分の経営方針が正しかったと胸を張っている。

 戦略的に意味ある投資すらも避け、前例を継続しつづける可もなく不可もない経営手法への反論はいろいろある。

 たとえば、十分な利益剰余金があるのなら、もっと前に、デジタル化に投資していれば固定費の割合が少なくなり、想定外のことが発生しても、融通性を発揮でき被害を少なく抑えられたはずだというもの。利益剰余金を従業員の賃金を上げることにつかっていれば、不満を抱えながらも転職するリスクをとりたくないがゆえに仕方なく会社に残り続けている従業員の割合が少なくなり(日本企業のエンゲージメント率がOECD参加国の中で最低レベルなのは、こういったタイプの社員が多いからだ)、パンデミックのような非常時を意気の高い従業員とともに乗り越えることができる・・・というのもある。

 だから、「消極戦略貫いたJALと明暗 王道歩んだANAの大誤算」という見出しは間違っている。誤算は計算が間違ったという意味だが、ANAは計算されたリスクをとった。ブラックスワンの登場は不確実で予測はできない。だから、「大誤算」ではなくて「大不運」の方が正しい。

 ANAの成長戦略は、今後もグローバル化が継続する、つまり旅行需要が拡大することを前提とした世界の多くの航空会社が採用していた戦略だ。ANAは国内線よりも利幅の大きい国際線で新たな路線獲得を進め、それに合わせて機材の数を増やし、サービスを提供する従業員の数を増やしてきた。ANAの拡大戦略は成功し、連結売上高は2010年3月期の1兆2283億円から、2019年3月期は2兆583億円にまで伸び、創業以来初めて2兆円を突破した。

 JALはこういった成長戦略がとりたくてもとれなかった。それは、公的支援をうけたJALは、他の航空会社との公平をはかるために17年春まで投資や路線の開設が抑制されていたからだ。つまり、JALも好きで消極的戦略をとっていたわけではないということだ。

 ANAの戦略は間違っていなかった。21年3月期決算発表の席で、過去最高の赤字を出すことを明らかにした片野坂社長は、拡大路線について「正しい戦略だったが、(コロナ禍は)非常に予想を超える影響だ」と悔しさをにじませたそうだが、納得できる。

 コロナ前のANAの戦略は間違っていなかった・・・と強調したが、たった一つ、長期的観点にたっていれば、異なった判断をしていたのではないかと思われる決断がある。

 エアバスの超大型飛行機A380を2019年に導入したことだ。

 欧州エアバスの(一部じゃなくて)全部二階建てになっている超大型機A380は一機500億円。ドバイを拠点とするエミレーツ航空はA380を100機以上も所有していて、二階にバーラウンジ、個室、シャワー室までついているチョー豪華なファーストクラスをつくり有名になった。

 世界の航空業界では近年、中型機の航続距離が延び、コロナ以前から、中型機や小型機へのシフトが始まっていた。しかも、大量の燃料を消費する大型機は環境問題の観点から敬遠されるようになり、エミレーツ航空ですらA380の発注を止めたため、エアバスはA380の生産を中止すると2019年に発表している。

 環境問題は黒い像(Black Elephant)だといわれる。この言葉のもとをたどると、19世紀ごろから使われている「部屋の中にいる像(Elephant in the Room)」という表現に行きつく。部屋の中に象がいれば、誰もがその存在に気づくはず。そこから、大きな問題だと認識しながら、様々な理由からあえて無視したり、関わらないようにする行為を指すメタファーとなった。

 「部屋の中にいる像」に「黒」がついた「黒い像」は、長い間認識していながら見て見ぬふりをしていた問題が、ある日突然、ブラックスワンのような想定外のありえない問題に発展し、社会全体が大混乱する現象をいう。「環境問題は黒い像になる可能性がある」といったふうに、環境がらみで近年よく使われるようになっている。

 1980年から2015年にかけて、航空機からの二酸化炭素排出量は毎年2.2%増大した。燃料効率の良い機材が製造されるようにはなってきたけれど、乗客数の急激な増大により飛行機が飛ぶ数も多くなっていた。この35年間、飛行機が使う燃料は毎年2~3%少なくなってはいたが、航空輸送は毎年5.4%増加した。結果、世界の航空会社全体で排出する二酸化炭素の量がすべての排出量の12%にも及ぶようになってしまった。

 日本でも「飛び恥(Flight Shame)」という言葉がメディアをにぎわせ、ヨーロッパでは航空会社への強い批判があることを知った人も多いことだろう。2019年の国連での温暖化対策サミットで、当時16歳だったスウェーデン人のグレタ・トゥーンベリが演説し、「恥を知りなさい」という厳しい口調で大人たちを非難して有名になった。彼女は、ニューヨークで開かれた温暖化対策サミットに参加する際はヨットで大西洋を渡り、ローマ法王に拝謁した際はバチカンまで鉄道で移動することで、飛行機を使うなんて恥ずかしいことはやめようと具体的行動で示した。

 こういった環境運動の高まりを意識して、KLMオランダ航空は、創立100周年を記念して制作した動画で(ネットで見られます)、「いつも対面して話す必要がありますか? もしかして電車でも行けるのではないですか?」と問いかけ、「たしかに、飛行機でなければ行けない時もあります。ですが、飛ぶことで負うことの責任について考えてみてください」という飛行機を利用する頻度を少なくするのを促すような、航空会社としては勇気あるというか、そんなこと言っていいのとツッコミたくなるような動画を発表した。取締役会の承認を得るまでに3回会議を開かなければいけなかったそうだ。

 いずれにしても、ヨーロッパの航空会社はコロナ以前からも、環境対策として大型機を使うのを避け、より小型の燃料効率のよい機材を使うようになっていた。また、使用済みの食用の植物油からつくるバイオ燃料の利用も進めてはいる(いまのところ全燃料の0.2%にしかなっていない)。テクノロジーが進化して水素で飛ぶ飛行機がいつの日か実現することを目指してはいる。エアバスは液化水素をガスタービンで燃やして飛ぶ「ゼロe」を35年までに実用化すると宣言しているが、希望的観測に近いとみられている。いまのところ、排出量を減らす最も現実的な方法は、飛ぶ頻度を減らすことなのだ。

 たとえばKLMは500キロ以下の短距離路線については、鉄道を使うように促すことを考えている。利用者は、飛行機の乗り継ぎと同様、KLMの窓口で鉄道のチケットを買うことができる。荷物も飛行機から鉄道に移し替えてくれる。フランス政府も、パンデミックで財務状態が悪化しているエールフランスに対して、高速鉄道TGVと競合する短距離路線の再開断念と国内飛行における排出量を2024年までに半減することで経済支援するという条件を提案した。   

 北欧を除いて鉄道網がある程度発達しているヨーロッパならではのアイデアだ。日本でも東京から新幹線で3時間くらいで行けるところは飛行機利用を止めることに反対する人はそれほどいないだろう。だが、高速鉄道網がほとんどない北米は難しそうだ。

 このように航空会社による環境被害が問題になってきているというのに、ANAがエアバスA380を導入したのは誤りではないか?という話に戻ります。

 ANAは大型機を導入することを検討していたが、2008年の金融危機後の世界的不景気を理由に導入計画の凍結を発表した。だが、2016年にエアバスA380を3機導入することを決め、その1号機が2019年春より東京-ホノルル線に導入された。

 問題としているのは、いったん凍結した大型機導入を、なぜ、2016年に決めたのか? そのころには、世界の航空産業の方向性は、中型機や小型機に移りつつあったというのに・・。

 なのに、なぜ?

 経営陣が意思決定するときには、当然のことながら、メリットやデメリットをあらゆる角度から分析し論理的な意思決定をするはずだ。だが、後から考えて、その決定が間違っていたかもしれないと思われる場合、その決定が最終的には論理以外の要素に影響されていることが多い。あるいは、また、利害関係にある他の意思決定者がこちらのシナリオ通りの行動をとってくれなかったということもある。

 最初に、ANAのエアバス導入の決定に感情が影響を与えていたのではないかという疑いを紹介する。

1番目の誤り:JALへのライバル意識

 日本―ホノルル線のシェア首位はJALで30%。ANAは4位で13%。しかも、JALは2017年にハワイアン航空とコードシェアを含む包括提携で合意し、結果、両者合わせてのシェアは52%と他社を引き離す。A380はレイアウトによっては座席数が800席以上になり、一般的な航空機の2倍の席数になる。座席が多いということはシェア拡大に好都合だ。また、一席当たりの運行コストも下げられる。しかも、超大型機ということで、一度は乗ってみたいと思う旅行客も多いから話題づくりにもなり、ライバルの客を奪うのにも貢献してくれるはず。ANAとJALはライバル意識が強く、あそこだけには負けたくないという思いが強い。打倒JALの感情的思い入れがANAの冷静な判断を狂わせたといえないこともない。「ハワイといえば日本航空という概念を変えたい」と、A380のハワイ路線就航にさいして、ANAの平子社長(当時)もそう発言している。

2番目の誤り: シナリオ通りに進まなかった

 ANAは本当はエアバスを買いたくなかった。大型機から燃費性能に優れた中型機への転換を戦略的に進めていた最中に、戦略にそぐわない機材を買うことにしたのは他の理由があったからだという説もある。スカイマークの羽田発着便枠(一日36便)が欲しかったというものだ。

 スカイマークは、1986年に始まった日本の航空輸送業の規制緩和により、新規参入航空会社の第一号として誕生。このスカイマークが2015年に経営破綻した。このとき、スカイマークが持っていた羽田発着枠を得たいと考えたANAは再建支援企業に名乗り出た。支援企業と認められるためには、自社が推す再建支援策が債権者の賛同を得なくてはいけない。最大債権者だったエアバス(スカイマークはA380を6機も注文したが、途中で、業績悪化を理由に注文をキャンセル。エアバスに多額の違約金を請求され、これが経営破綻の直接の原因となった)を味方につけるために、A380の購入を引き受けたといわれる。

 その後、スカイマークは民事再生手続き申請後、わずか一年で営業黒字を達成するという驚異の復活を果たした。が、ANAとの提携、具体的にはANAとのコードシェア便については、独立性を保ちたいという理由で拒否して実現していない。ANAはスカイマークが違約金を支払わなくてもすむように自らA380を購入して肩代わりしてくれたようなものだから、スカイマークは恩義を感じてコードシェア便を承諾してもよいはずだ。わずか一年で黒字転換を達成したことから強気になったのかもしれない。

 ANAは、他社の経営者(他者)の判断や行動を推測したが、シナリオ通りには進まなかったということだ。もっとも、経営破綻した企業がわずか一年で黒字回復するという、ある意味、「ありえない」ブラックスワン的な出来事が発生したわけだから、相手の出方を読み違えたとしても仕方がなかったかもしれない。

 環境問題という「部屋の中の像」が、ヨーロッパにおいては、だんだん黒くなってきている状況があった。その一方で、世界市場において、今後、航空産業が急速に伸びるのは中国やインドをかかえるアジア市場だと予測されていた。アジア市場攻略にはスカイマークのような国内線と短距離国際線に強い航空会社と提携することは重要だ。ANAとしては、環境問題という当時はまだ切実度の低かった課題よりも、企業成長に直結するアジア市場攻略に重要なスカイマークとの提携をより重要視したのだろう。

 問題は、利害関係にある相手の出方に不確実性があったことだ。

 「不確実性下の意思決定」といったようなタイトルをみると、つい、不確実な時代とか不確実な環境における意思決定というような意味かと思ってしまう(って、そう思ったのは私だけ?)。が、厳密にいえば、意思決定する人間が持っている情報の確実さを指す。つまり、意思決定者は何らかの目的を達成するために決断をしなくてはいけないわけだが、実際には、意思決定者がコントロールできない要因(変数)が多々ある。 たとえば、コロナ感染の収束時期、飛行機の環境汚染に対する世論といった変数。投資予定あるいは買収予定先企業の経営者の思惑や行動といった変数。こういった変数を自分の思い通りにコントロールはできない。

 意思決定者は自分がコントロールできない変数をできるだけ正確に予測して決断しなくてはいけないわけだが、このとき、意思決定者が持っている情報は、多くの場合、不確実である。だから、不確実性下での意思決定となる。

 経済学者フランク・ナイトは、1921年に出版した本で、リスクと不確実性とは違うとした。リスクの場合は、同じような状況を過去に見てきているので結果を確率で計算できるが、不確実な状況の場合、一番起こりやすい結果は何かを評価するに足る経験がないためにguessするしかないと書いている。guessという英語を推測と訳せば、ある程度は正確に予測できるようなイメージを抱いてしまう。が、guessは想像とも訳すことができる。

 つまり、意思決定者は将来を想像して決断しなければいけないということだ。しかも、ナイトは、不確実性の特徴はこれまで存在しなかった「新しさ」にあるとしている。先例がないので、結果の可能性の範囲すらも正しく想定することができないとした。

 このように、不確実性とかリスクの本来の定義に戻って考えてみると、いまの経済やビジネスに携わる人たちは、自分も含めて、傲慢になりすぎているというか安易に流れているように思えてくる。

 私たちは、ナイトがリスクと不確実の分類で使っている基準を無視して、先例のない新しい出来事ですら数字で表現しようとしている。そして、不確実な出来事ですらも確率で表現し、それによって被るであろう損失を計算さえすれば、将来に発生するかもしれない出来事を管理することができたとみなしてしまっている。

 日本の大手企業の60%はリスクマネジメントを導入しているという。リスクマネジメントとは、リスクを組織的に管理し、損失などの回避または低減をはかるプロセスをいう。

 ある航空会社が自然災害、戦争、あるいは感染症といった要因でいくつかの国に飛行機を飛ばすことができなくなるリスクが発生する事態を想定し、それによる被害を算定するために確率を計算したとしよう。たとえば、アジア地域で何らかの問題が発生し運航停止が起こる確率を30%とみて、それによる財務的影響や損失低減対策リストを作成する。だが、そういった問題が世界的に拡大しグローバル規模で長期間にわたって運航停止になる事態を想像し、その発生確率を算定するだろうか? 

 仮に、全世界的に長期にわたって運航停止になる確率を3%とし、引き起こされる財務損失を計算するとしよう。そして、これでリスク管理はできているとみなす。だが、現実には、これでリスクが管理されたわけではない。

 一番目の問題は、こういった事態は先例のない出来事であり、ナイトの定義によれば不確実性の高い出来事であり、たとえ確率が算出されていたとしても正確ではない。2番目の問題は、わずか3%という「まずありえない」出来事のために、想定される財務損失に足る手元資金を常に準備することができるだろうか? 3%の確率のために資金を使わないでとっておくよりは、10%以上の成長がもたらされる戦略に投資した方が良いと判断する経営者は多いはずだ。3%のリスクを恐れて積極的戦略への投資を怠れば、競争に負け、リスクが発生したときとは異なる意味で致命傷になるかもしれない。

 何が言いたいかといえば・・・、

 企業は、いま、リスクではなく不確実なことまでも数値化し確率で表現しようとしている。その結果として、数字で表現できればリスクと同じく不確実性をも管理することができたと勘違いするようになってはいないだろうか?

 発生確率3%の出来事でも起こるときには起こる。ブラックスワンだ。つまり、不確実性の高い出来事を想像して、それに確率という数字をつけて、そこから生まれるリスクを管理したような気分になっていても、今回のパンデミックが明らかにしたように、現実には管理することなどできないということだ。

 「ブラック・スワン」や、それ以前の「まぐれ(原題はFooled by Randomnessで『ランダム性にだまされて』と直訳できる)」という本において、著者のタレブがくり返し述べているのは、人生(世の中)の出来事の多くは偶然だ。それでも、人間はそこに理屈をつけたがる。因果関係で説明したがる。だが、実際には、投資した株で大儲けをしたり、ある商品が大ヒットするのは偶然のできごとであり、運・不運と呼ぶことができる。

 これを、最近の日本の例でいえば、映画「鬼滅の刃」が観客動員数歴代一位になったのは、漫画単行本やTVアニメで築かれたファン層の存在とか、いろいろ講釈をたれることはできるが、それだけではあれだけ観客を集めた理由にはならない。コロナ禍で他に見るべきこれといった大作がなかったというタイミングの問題が大きい。運がよかったから大ヒットしたということになる。

 たしかに・・・。タレブの言う通り。人生や世の中は偶然で成功・不成功や幸せ・不幸せが決まることが多い。反論はできない。

 だが、寅さんのセリフじゃないが、「それを言っちゃあおしまいよ」とも言いたい。

 世の中が、あるいは自分の人生が、偶然によって左右されると信じてしまったら、私たちは生きていくことができないし、人類はここまで発展することはなかった。世の中のことはすべてあらかじめ定められた運命によって支配されていて人間の力ではそれを変えることができないとする運命論だけでは、人類はここまでやってこられなかった。

 私たちは偶然を信じたくないと考える。だから、理屈をつける。「あの人は他の誰よりも努力していたから成功したのだ」と因果関係を見つけようとする。私たちは、不幸が訪れたときに、それに理由がつけられない場合には、なかなか納得できない。自分に不幸が訪れたのは、単なる偶然で不運だったのだとは思いたくない。そう思ってしまったら、次に、新しい一歩を踏み出すことはできなくなってしまう。

 だが、残念ながら、人間にも会社にも幸運が訪れることもあれば不運が訪れるときもある。ときに、ブラックスワンが登場して、それまでやってきた努力がすべて消えてしまうことがある。第二次大戦後の60年間の安定した社会と安定した経済成長に、先進国に住む人間はすっかり慣れてしまった。だが、グローバル化が進み、社会システムの相互依存が進み複雑化することにより、ブラックスワンが発生しやすくなっているし、発生したときの影響は深刻なものになる。また、経済格差が広がり、ソーシャルメディアで不正確な情報が拡散しやすい社会でも、ブラックスワンは発生しやすい。

 偶然やってくるブラックスワンを予測して対応することはむつかしい。だから、発生したときの被害を最小限に抑えて早く元に戻る回復力や再生力のある組織(社会や会社)を築くことがベストな防御策だ。

 最近、よく耳にするレジリエンス(resilience)の考え方が重要になってくる。

 組織にとってレジリエンスとは、失ったものを取り戻し立ち直ろうとする力だ。そのためには、変化した新しい状況に素早く適応し目的に向かって前進する融通性がなくてはいけない。

 レジリエンスで重要な要素の一つは、当然ながら、お金だ。ある程度の手元資金はもっていなくてはいけない。だが、先に書いたように、それにも限度というものがある。それに、お金で難局を一時的に乗り越えることができたとしても、変化した新しい状況のなかで本来の目的に向かって前進する力や能力がなければ、結局は、途中で挫折する。

 重要なのはレジリエンスをもった従業員だ。

 レジリエンスをもった社員は、自律して、融通性があり、ストレスにも耐えることができる。そういった能力に、前向きな感情、一致団結して目的を達成しようという感情が結びつけば頑強な組織が生まれる。たとえば、打倒JALという感情がANAのA380購入に関しての判断をあやまらせたかもしれないが、「JALに負けてたまるか」という感情を社員全員が共有していれば、それは、コロナ後にANAが再び成長路線に戻る原動力になってくれるはずだ。

 ANAは大規模な希望退職募集はせず、他企業への出向や、勤務日数を従来の半分に減らす条件で社員の副業や地方在住も認めるといった方策で、人件費を抑えながらも、社員を維持していく方針だ。JPモルガン証券のアナリストは「皆で痛みを分かち難局を切り抜けたい考えなのだろう」とコメントしている。

 ブラックスワンがいつ登場するか予測できない社会において、会社のレジリエンスを高めるためには、企業同士の協力や協同も必要だ。今回、ANAの出向を受け入れているのは、航空会社の接客ノウハウに目をつけたスーパーとか家電量販店。どちらも、パンデミックのなかでも売上を維持している産業だ。だが、明日は我が身。次には、航空会社に助けてもらうときもあるかもしれない。中小企業同士が業種の垣根を越えて助け合ういくつかのプロジェクトも今回のコロナ禍の中で始まっている。

 さて・・・、うんざりするほど長い記事を書いたのは、航空産業や外食産業といった、ブラックスワンが運んできた偶然に大きなダメージを受けた産業で働く人々に、エールを送りたいと思ったからです。でも、元気づけにはあまりならない内容になってしまいました。だから、最後に付け加えさせてください。

 誰かといっしょに食事をすること、そして、遠くの知らない土地に行ってみたいという好奇心を実行に移すこと、この二つの行為は、私たち人類が文明を築く基盤となった活動です。現生人類の歴史だけを見ても20万年以上続けられてきた営みです。緊急事態宣言での自粛生活のなか、私たちは外食や会食できるようになることを待ち望んでいます。そして、飛行機にのってあそこに行きたいここに飛んでいきたいと夢見ています。早く実現することを心より切に願っています!

参考文献:1.「ANA拡大路線 あだ コロナ後へ改革」読売新聞10/28/20、2.「航空2社、相次ぎ資本増強」日経新聞 11/28/20, 3.「王道歩んだANAの大誤算」週刊東洋経済10/3/20、4.「ANAhd、広げた翼重荷」日経新聞10/27/20, 5. Warren Buffett Sells Airline Stocks Amid Coronavirus: “I Made A Mistake”, Forbes 5/4/20、6.「航空を取り巻く社会情勢について(補足資料)」国土交通省 平成24年12月、7.「ANA,コロナ後へ雇用維持」産経新聞 10/28/20 8.「ANA. 客室乗務員に地方居住や副業を容認へ…勤務日数は最大で半減も」 読売新聞11/28/20 9.「コロナ後へ手探りのJAL, ANA 異業種派遣やロボ開発も」日経電子版9/22/20, 10. 「特集 激震!エアライン・鉄道」週刊東洋経済10/3/10、11. Lucy Budd, et al., European airline response to the Covid-19 pandemic-Contraction, consolidation and future considerations for airline business and management, Research in Transportation Business & Management, 12. Samanth Subramanian, Inside the Airline Industry’s Meltdown, The Guardian 9/29/20, 13 Bernard Avishai, The Pandemic isn’t a black swan but a portent of a more fragile global system, Newyorker com. 4/21.20, 14. Joseph Nocera, A Skeptic Who Merits Skepticism, The New York Times, 10/1/05, 15. 「ハワイの空に巨大旅客機、ANAに勝算はあるか」東洋経済オンライン5/3/18, 16.「企業リポート ANA, 超大型機導入の成否」、週刊東洋経済6/15/19, 17.「共同運航先送り ANAスカイマーク支援の大誤算」エキサイトニュース2/10/16 18.ナシール・ニコラス・タレブ「ブラック・スワン」ダイヤモンド社 2016年、19.ナシール・ニコラス・タレブ「まぐれ」ダイヤモンド社 2008年

最近、やっと、「生産性向上が日本経済を再生する」という考え方への反対意見も注目されるようになってきました。そういった意見にご興味ある方は、拙著「勤勉な国の悲しい生産性」を読んでいただければ嬉しいです